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君死に給うことなかれ  

 投稿者:ジュリア  投稿日:2021年 4月25日(日)19時28分11秒
 君死に給うことなかれ
旅順港包囲軍の中に在る弟を嘆きて

   与謝野 晶子



ああ 弟よ、君を泣く、
君死に給うことなかれ、
末に生れし君なれば
親の情けはまさりしも、
親は刃(やいば)を握らせて
人を殺せと教えしや、
人を殺して死ねよとて
二十四までを育てしや。


堺(さかひ)の街の商人(あきびと)の
旧家(きうか)を誇るあるじにて
親の名を継ぐ君なれば、
君死に給うことなかれ、
旅順の城は滅ぶとも、
滅びずとても、何事ぞ、
君は知らじな、商人(あきびと)の
家の掟(おきて)に無かりけり。


君死に給うことなかれ、
すめらみこと(天皇)は、戦いに
御自からは出でまさね、
かたみ(相互)に人の血を流し、
獣の道に死ねよとは、
死ぬるを人の誉とは、
大御心の深ければ
もとよりいかで思(おぼ)されむ。


ああ、弟よ、戦いに
君死に給うことなかれ、
過ぎにし秋を父君に
遅れ給える母君は、
嘆きの中に、痛ましく
我が子を召され、家を守(も)り、
安(やす)しと聞ける大御代も
母の白髮はまさりぬる。



暖簾(のれん)のかげに伏して泣く
あえかに若き新妻(にひづま)を、
君忘するるや、思えるや、
十月(とつき)も添はで別れたる
乙女心を思い見よ、
この世一人の君ならで
ああ、また誰を頼むべき、
君死にたまふことなかれ。
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